第 1 号 |
||
山本徳郎 |
ドイツ各地における Ur-Turnen (初期トゥルネン)について |
1-5 |
稲垣 正浩 |
自然体育の成立過程について −『スポーツ』の果たした役割を中心に− |
6-10 |
能勢 修一 |
師範学科取調と体操 |
11-15 |
阿部 生雄 |
パブリックスクールにおけるゲーム活動組織化の原理−能力主義とノーブレス・オブリージの残存−クラレンドン委員会報告書(1864)を中心にして |
16-20 |
中村 民雄 |
近代武道史研究法−武道史における近代とは何かの問いかけを中心として− |
21-25 |
鈴木 円蔵 |
漢代の雑技について |
26-36 |
第 2 号 |
||
渡辺 融 |
明治期の旧制中学校校友会規約に見られる校友会の目的について |
1-5 |
伊東 明 |
東京都杉並区大宮 大宮八幡宮の力石の研究 |
6-11 |
小田切毅一 |
アメリカスポーツ史における対象概念の展開に関する基礎的検討−『アウティング』(1888〜1909年)のスポーツ記事の分析を中心に− |
12-17 |
功刀 俊雄 |
ミロスラフ・ティルシュのソコル運動の方針 |
18-22 |
楠戸 一彦 |
ドイツ中世後期における剣士ゲゼルシャフトの研究、『マルクス兄弟団』の規約と目的に関する一考察 |
23-29 |
第 3 号 |
||
木下 秀明 |
名称からみた屋内体育施設の系譜−米国の大学の場合− |
1-7 |
西村 絢子 |
戦前・教育審議会の審議にみられる高等教育機関の体育問題について−戦後改革との関連から− |
8-15 |
渡辺 融 |
第一高等(中)学校の体操教員について |
16-25 |
別所 龍二 |
(報告)近代スポーツと「鉄」の文化−近代スポーツ成立要因の研究− |
26-33 |
奈良 重幸 |
(報告)「自転車」のスポーツ史的考察 |
34-38 |
第 4 号 |
||
伊東 明 |
東京都台東区内の力石の調査・研究 |
1-10 |
小田切毅一 |
「アメリカ体育振興協会」(1885〜1903年)の組織化過程とその会員動向について |
11-25 |
山田 理恵 |
板東俘虜収容所新聞 "Die Baracke" にみるドイツ兵俘虜の体育・スポーツ |
26-39 |
清水 重勇 |
(報告)文明化と体育スポーツ |
40-48 |
第 5 号 |
||
寒川 恒夫 |
比較民族学からみた日本の竹馬の系譜 |
1-6 |
西村 絢子 |
全国高等女学校長会議にみられる高等女学校の体育問題 |
7-21 |
木下 美保 |
1920年代の文学作品にみられるスポーツ像−フランス・アメリカの場合− |
22-33 |
伊東 明 |
(報告)東京都板橋区内の力石の調査・研究 |
34-40 |
第 6 号 |
||
山田 理恵 |
第一次世界大戦時のドイツ兵俘虜の体育活動−"Deutsche Turn-Zeitung"に報告されたものから− |
1-10 |
青沼 裕之 |
1930年代後半におけるイギリス社会体育政策−「身体訓練・レクリエーション法」(1937年)を手がかりに− |
11-22 |
高津 勝 |
バイエルンにおけるスポーツの展開(1945〜1947年)−「反ファシズムスポーツ改革」のパースペクティブ− |
23-37 |
大塚美栄子 |
1920年代北海道における体育について−水間一人の体育理論を中心に− |
38-48 |
来田 享子 |
太宰治のスポーツ観−大正・昭和初期のスポーツ観の一事例として− |
49-59 |
第 7 号 |
||
林 郁子 山本 徳郎 |
"A Treatise on Gymnasticks"(1828)の研究 |
1 –9 |
榊原 浩晃 |
1890年代のイギリスにおける初等学校への教科体育の導入動向−1895年の体育条項とその影響を中心として− |
10-23 |
大熊 広明 |
九州帝国大学で行われた桜井恒次郎の体操講演・講習について |
24-36 |
坂上 康博 |
大正期における大日本武徳会−その政治的・軍事的機能の検討を中心として− |
37-51 |
第 8 号 |
||
楠戸 一彦 |
15・16世紀のドイツ都市アウグスブルクにおける射手祭 |
1-14 |
清水 重勇 |
アモロス《ジムナスティーク書》(1839年)におけるスポーツ競技の観念−クーベルタンの"sportivité"との関連から− |
15-30 |
大塚美栄子 |
小野(畠山)源蔵論−1920年〜30年代における体育思想の一考察− |
31-42 |
鈴木 明哲 |
大正自由教育における体育について−木下竹次と奈良女子高等師範学校附属小学校の場合− |
43-54 |
中島 健 清原 泰治 阿部 生雄 |
日本体育・スポーツ史用語英訳表−主に明治時代から第二次世界大戦まで− |
55-72 |
第 9 号 |
||
頼住 一昭 |
スウェーデン体操のわが国への受容過程に関する一考察−スウェーデンにおける二つの潮流を手がかりとして− |
1-18 |
鈴木 明哲 |
奈良女子高等師範学校附属小学校時代の川口英明の体育に関する一考察 |
19-32 |
古園井昌喜 |
戦前の北九州地方における企業内スポーツの研究−八幡製迭所野球部について− |
33-44 |
編集委員会 |
45-62 |
|
第 10 号 |
||
三井 悦子 |
N.アンドリーの治療的運動論の検討 |
1-12 |
榊原 浩晃 |
20世紀初頭のイギリスにおける学校運動場設置基準の成立事情−Departmental Committee on Playgrounds(1912)の調査と勧告を手がかりに− |
13-28 |
松本 純子 |
山口県吉敷村の良城青年会「運動部」(1886〜1937)に関する史的考察−スポーツ実践の時代的変容とのかかわりで− |
29-42 |
中島 健 |
昭和初期文部省の「国民体育」政策の展開過程について−主に体育・スポーツ団体の系統整備計画を中心に− |
43-62 |
編集委員会 |
63-92 |
|
第 11 号 |
||
池田 恵子 |
ピアス・イーガンの「ボクシング論」 |
1-14 |
宝学 淳郎 |
ドイツ民主共和国「青年法」(1950)に関する研究 |
15-26 |
鈴木 明哲 |
昭和戦前期における木下竹次の体育論の変容について−「心身一如」を中心として− |
27-40 |
笹瀬 雅史 |
(資料)北海道帝国大学スキー部における登山と競技−1912年〜1926年の活動記録から− |
41-54 |
編集委員会 |
55-83 |
|
第 12 号 |
||
大久保英哲 |
明治4〜12年(1871〜1879)の金沢医学館における体操教育 |
1-10 |
楠戸 一彦 |
アウグスブルグにおける1500年の「公開射撃大会」の開催費用 |
11-22 |
小田切毅一 |
『新体育』(1927年)にみられる用語記述の特徴について−主観的で表現的な「規定詞」を中心に− |
23-36 |
編集委員会 |
37-54 |
|
第 13 号 |
||
野中由美子 |
明治初期における体操書作成に関する一考察−『小学入門読本附軆操略解』を中心として− |
1-13 |
木村 吉次 |
アマースト大学の健康論講義資料と体操伝習所の教育 |
15-24 |
中野 浩一 |
教育学における「体育」の扱い方の変遷について−教育雑誌を用いての分析から− |
25-37 |
來田 享子 |
日本女子オリンピック大会と女性スポーツ参加促進運動−第一回大会を中心に− |
39-52 |
阿部 生雄 |
パブリックスクール・マッチ論争に関する一考察−ウィカミスト会議事録(1858)を手掛かりとして− |
53-69 |
和田 浩一 |
スポーツの概念形成過程におけるクーベルタンのスポーツ分類論の意義−四つの分類法とスポーツ各論の分析によって− |
71-85 |
H.ギルマイスター |
スポーツ史研究の方法−成果と課題 |
87-97 |
編集委員会 |
99-120 |
|
第 14 号 |
||
木村 吉次 |
『李蘭土氏講義 体育論』とE.A.パークスの衛生学書 |
1-15 |
柳 根直 |
日本植民地統治下韓国における初等学校体育制度に関する歴史的考察 |
17-28 |
木原成一郎 |
1920年代後半の成城小学校における島田正蔵の「遊戯による教育」に関する一考察 |
29-42 |
鈴木 明哲 |
昭和13年度の奈良女子高等師範学校附属小学校における体育実践について−指導案の分析から− |
43-58 |
來田 享子 |
日本における女性競技スポーツの普及と国際化に関する一考察 |
59-77 |
Th.イアナキス |
(報告)古代ギリシャ競技開催の背景について |
79-88 |
編集委員会 |
89-111 |
|
第 15 号 |
||
何 文 捷 |
第12回オリンピック東京大会の開催に対する中国の反応 − 中華全国体育界救亡協会の設立を中心に ー |
1-14 |
秋元 忍 |
ユニオン式ホッケー形成期(1861-1887年)におけるブラックヒースホッケークラブの活動と役割 |
15-28 |
宝学 淳郎 |
ソビエト占領下ドイツザクセン州におけるスポーツ改革に関する研究 − ザクセン州法令集の分析を中心に − |
29-42 |
楠戸 一彦 |
(研究資料)ニュルンベルクの公開射撃大会(1458) |
43-52 |
編集委員会 |
(秋の定例研究会特別企画報告)歴史における身体文化と権力 − 近代と体育・スポーツをめぐる問題を考える − |
53-70 |
編集委員会 |
(春の定例研究会特別企画報告)トニー・メイソン:1945年以降のスポーツと英国人 |
71-82 |
編集委員会 |
(シンポジウム報告)「体育における用語の歴史(4)」 |
83-96 |
第 16 号 |
||
村戸 弥生 |
院政期蹴鞠における「心」と「身」 |
1-12 |
木梨 雅子 |
南部相撲の方屋形状と故実 |
13-24 |
斎藤 健司 |
フランスにおける体育を義務化する法律案(1907-1920)に関する一考察 |
25-36 |
何 文捷 |
第10回極東選手権大会満州国参加に対する中国の反応 |
37-48 |
有賀 郁敏 |
(報告)トゥルネン史における1848/49年革命について−革命150周年記念研究集会(バーデン・ヴュルテンベルク)との関連で− |
49- |
大久保英哲 |
(シンポジウム報告:身体の歴史) |
|
第 17 号 |
||
佐々木浩雄 |
大正期における地方青年団競技会の出現 − 大正7〜10年石川県青年体育大会の事例から − |
1-13 |
西尾 達雄 |
植民地初期(武断政治期)朝鮮における学校体操普及方針に関する一考察 − 櫻井体操の奨励と日本人教師の対応を中心として − |
15-31 |
鈴木 敏夫 |
札幌農学校のミリタリー・ドリル − 担当教員の推移を中心として − |
33-44 |
來田 享子 |
国際女子スポーツ連盟の消滅と女子陸上競技組織の改編 − 日本とイギリスの場合 − |
45-59 |
何 文捷 |
第10回オリンピック大会満州国選手派遣問題に対する日本と中国の対応 − 日本外務省外交史料と中国新聞「申報」の分析を通して − |
61-71 |
ロタール・ヴィーザー |
Deutsche Turnvereine in Brasilien (ブラジルにおけるトゥルネン協会) |
|
第 18 号 |
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康 冬玲 |
『教訓抄』巻第七の舞踊理論について |
|
和田 浩一 |
ピエール・ド・クーベルタンの乗馬論 |
|
楠戸 一彦 |
(研究資料)P. H. マイル(1517-1579)の射撃に関する年代記 |
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秋元 忍 |
(研究資料)ブラックヒースホッケークラブのアスレティック・スポーツ 1862/63-1864/65年 |
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池田恵子 |
(書評)ニール・トランター著『1750-1914年までのイギリスにおけるスポーツ・経済・社会』 |
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山本徳郎 |
(書評)クリスチアーネ・アイゼンベルグ『トゥルネンの創始者ヤーン』 |
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第 19 号 |
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第 20 号 |
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第 21 号 |
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第 22 号 |
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